世界銀行において開催された農地問題についての国際会議[*]に向けて、FIAN、ビア・カンペシーナ、GRAIN、FoEIなどによる声明文である。日本政府も積極的に関与してきた「責任ある農業投資原則(RAI)」を強く批判している。
もはや農地の強奪を“責任ある”ものとする時ではなく、禁止すべき時である。
It's time to outlaw land grabbing, not to make it "responsible"!
http://farmlandgrab.org/post/view/18457
2011年4月18~20日(水)、200余の農地への投資家、各国政府代表、国際機関の職員が米国ワシントンの世界銀行本部に集まり、如何に“責任ある”大規模な農地取得を進めるか議論することになっている。ロ-マでは、国連FAOに設置された世界食料安全保障委員会(CFS:Committee on World Food Security)が大規模農地取得を規制する原則についての一連の協議を開始しようとしている。一方、様々な市民団体は、最も緊急な課題として農地収奪を止めさせ、既に取得されたしまった場合については無効にすべく結集しつつある。何故世界銀行や国連諸機関、各国政府は農地取得を“責任ある農業投資”として強力に進めようとするのか?
今日、農地収奪は猛烈な速さで進行している。契約が締結され、重機械が現場に投入され、土地が囲いこまれ、地元の人々は土地から追いやられている。詳細は正確には明らかでないものの、少なくとも、直近の2~3年間だけでも、インドであれば5,000万人分の食料生産が可能な規模に相当する5,000万haの優良農地が農民から企業の手に渡っている。そして日々更なる投資家がこの動きに参入している。(※1)いくつかのケ-スはカタ-ル、サウジアラビア、中国、韓国など食料安全保障を外国に依存している国々の必要に応えるための新たな方策とされている。その他のケ-スは文字通りビジネスであり新たな利益追求を狙ったものである。国家が関わっているにもかかわらず、多くの場合これらの土地取引は被投資国政府と私企業との間で行われている。当該企業によれば既に250億米ドルの取引が確定済みで、近い将来この3倍規模になるものと見込まれている。(※2)
“責任ある農業投資”(RAI)とは如何なるものか。
農地収奪の現状に対する政策的な巻き返しの可能性を懸念し、日本、G8など多くの政府や諸機関は、一般的に受容されるような基準を提案しようと動き始めている。中でも重要なものは、世界銀行主導で作成された“権利、暮らし、資源を尊重する責任ある農業投資原則”(RAI:Principles for Responsible Agricultural Investment)である。この原則は、世界銀行、国際農業開発基金(International Fund for Agricultural Development)、UNCTAD及びFAOにより策定された。(※3)この原則は7項からなり、投資家が大規模農地取得を実施する場合に任意で同意をすればよいものである。
RAIあるいはウィン/ウィンの農地取得のための7原則 1. 土地及び資源への権利:既存の土地、天然資源を認め尊重する。 2. 食料安全保障:投資は食料の安全保障を危険に晒すものではなく、それを強化するものである。 3. 透明性、適切な管理、環境保全:土地入手、及び関連する投資の過程は透明性を保ち、監視可能であり、説明責任を保障される。 4. 協議、参加:具体的に影響を受ける事例・事項は協議対象とされ、合意内容は記録されかつ実行される。 5. 経済的実効性と責任ある農業投資:プロジェクトは全ての意味で実行可能性を持ち、法を尊重し、最適な手法を反映したものであり、永続的な共通の利益となるものとされる。 6. 社会的な意味における持続可能性:当該する投資は、社会的かつ享受可能な望ましい影響をもたらすものであり、脆弱なものであってはならない。 7. 環境の持続性:環境への影響は定量化され、持続的な資源利用を促進する対策がとられ、一方でマイナスの影響は最小化あるいは軽減されなければならない。 (09年以降の上記原則の主要な推進主体:EU、FAO、G8、G20、IFAD、日本、スイス、UNCTAD、米国、世銀) |
2010年4月、世界中の130余の団体やネットワ-クが声を上げ、“RAI”を強く非難した。ここに加わった団体には、代表的な農民団体の連合体、畜産や漁業従事者なども含まれている。その声明は、“RAI”が土地収奪を合法化するものであり、どのような指針であろうと、国内外の企業が農民から土地を長期的に奪うことを手助けするものであり全く受け入れがたいものであると主張している。(※4)
この声明が発表されると各国の多くの団体や社会運動が支持を表明した。そしてほどなく“食料への権利”に関する国連の特別調査委員会(Special Rapporteur on the Right to Food)が、RAIは“嘆かわしくも不適切”と批判し、“社会的、環境的に持続性を持つ方法での農業開発という課題に立ち向かうのではなく、世界の農民の破滅を促進させることが責任を完遂することであるかのように振舞うのは嘆かわしいことである”と述べた。(※5)
2010年9月には、世銀が、大規模な土地取得について大いに憂慮させる報告を発表した。それによれば、2年に渡る調査で、世銀は貧しい国や地域にとって成功であると確信出来る事例を見つけることが出来ず、単に多くの失敗事例を見つけただけであるとのことである。実際は土地取引に関わった企業や各国政府は世銀との情報共有を拒否したため、世銀は市民団体であるGRAINのウェッブサイト上のデ-タに頼らざるを得なかったのである。しかしその報告書で、“RAI”が充分な協議によるものでないことに気づいていながら、世銀は“RAI”が有効な解決策であると主張したのである。
“RAI”の持つ深刻な信頼性欠如にも拘わらず、CFSは2010年10月、それを支持するかどうかという議論をしていたのである。米国や日本政府などは賛成を表明、一方、南アフリカ、中東の利益を代表するエジプト、中国などを含むその他の国々は適切な協議経過が不充分であるとして強く反対した。様々な市民運動体や組織の連合はこの会議に先立ち、“RAI”の枠組みや原則に対する詳細な批判を発表した。(※6)この批判は、農業に関する社会運動、特に食料主権のための国際委員会(IPC:International Committee for Food Sovereignty)に関係する組織やその他の市民団体を結び付けることとなり、CFSに対して“RAI”の拒否を呼び掛けた。結局CFSは“RAI”を支持せず、検討のための包括的なプロセスを続けることのみに合意することとなった。
2010年末までに、社会的に受け入れられる、ウィン/ウィン関係の土地取得をハイレベルで促進する動きは頓挫したかのように見えた。一方社会運動体、その他の市民団体は引き続き“RAI”への大衆的な反対運動の構築を続けた。2011年2月のダカ-ルでの世界社会フォ-ラムでは農民運動、人権、社会正義、環境などに取り組む団体が集まり、馬鹿げた行動指針に目を奪われることなく、土地収奪に対する反対運動の経験共有や戦いの統合を進め、“RAI”の拒否と土地収奪への抵抗を継続し支持を求める対外アピ-ルを発した。 (※7)
“RAI”の提言者は、しかし、あきらめた訳ではない。
CFS 事務局は現在、“RAI”の協議手順に関する提案を協議している。(※8)意見聴取のために回付された最初の案は社会運動体・市民団体から鋭い批判を浴びている。IPCは、この提案は、大規模な土地取得の悪影響を和らげることで“RAI”を認めさせる点に焦点を当てているとして反対を表明した。そしてそれよりも、CFSはまず、“RAI”が実際の問題への適切な対応なのかを分析し、飢餓を克服して小農民とりわけ女性を支援するためにどのような農業投資が必要なのかという課題を議論することに再度焦点を当てるべきである、と主張している。更にIPCは、“RAI”という表現は、投資ではなく土地取得と非常に関連したものであるので、CFSとして使うべきではないと勧告した。しかし“RAI”の背後にいる4つの国際機関は熱心に進めようとしている。
世銀は既に、ワシントンDCで開催される土地と貧困に関する今年度の年次会議の計画を発表している。(※9)“RAI”は正にそこにおける中心議題とされている。今や世銀の主要な目的は、責任ある大豆、持続可能なパ-ム油及び持続可能なバイオ燃料に関する円卓会議(Roundtables on Responsible Soy, Sustainable Palm Oil and Sustainable Biofuels)あるいは搾油産業における透明性戦略(Extractive Industry Transparency Initiative)など、他のCSRの仕組みの経験を踏まえて“RAI”の実行を開始することにある。(※10)
一方で各国は、世界的な土地収奪に対して広がりつつある反対運動を封じ込めようと先を争っている。アルゼンチン、ブラジルそしてニュ-ジ-ランドなどの政府は、土地取引が地元の共同体、小規模農民、農業労働者に及ぼす影響に対して、空しいウィン/ウィンという言説を鳴らしながら、海外企業による農地取得の制限や規制の法制化を約束しようとしている。その他のカンボジア、エチオピア、そして中国などの政府は、合法的手段あるいは実力行使でもって地元の論議を押さえこもうとしている。マリでは2012年選挙の前哨戦で、野党である国家再生党(Party for National Renewal)がToure大統領に対し、ニジェ-ル開発局(Office du Niger)が認可した数十万ヘクタ-ルの灌漑農地の貸与の詳細を明らかにせよと突き付けている。最も農地収奪が進んだと言われるス-ダンでは、今や村人が立ち上がり、彼らの土地が没収されたとして政府に反対運動を起こしている。
“RAI”のどこが問題なのか。
“RAI”を強引に進めることは、農業投資への支援ではない。それは、一定の基準に従うことにより大規模な農地取得が人々、共同体、生態系、気候に破滅的な被害を与えることなく進められ得るという幻想を作り出すことである。これはまさに嘘であり、誤った方向への誘導である。“RAI”は非対称的な力関係を覆い隠し、取引に関わる農地の取得者と国家権力が思い通りのものを獲得出来るようにする企てである。農・畜産・漁業者は彼らの土地が売却されることも貸し出されることも求めてはいないのだ。
土地収奪は、小農民、先住民、漁民、遊牧民から将来に渡って広大な土地と生態系を利用する権利を奪うものであり、それは彼らの食料と暮らしの安全保障を危険に晒すことである。更に、それらの土地に関わる水資源をも手に入れ、その結果事実上私物化するものである。強制的占有による土地収奪、批判の封じ込め、自然環境を破壊し天然資源を枯渇させる持続不可能な土地利用と農業モデル、露骨な情報遮断、人々の暮らしに影響する政治的決定への意味ある地元参加の妨害は、国際法上の人権侵害と切り離せないものである。どのような自発的原則があろうともこれらの事実・現実への対応策にはならないだろう。公的政策、規制として、曲げられ、提起されるということはあってはならないはずである。
20%もの投資利益を目指す土地取得は全て投機目的である。従って、土地収奪は食料の安全保障とは両立するものではないのである。食料生産は通常せいぜい3~5%の利益をもたらすものでしかない。土地収奪は、投機資本に過剰利益をもたらすことを唯一の目的とする農業の商業化を推し進めるものである。
土地取引における透明性の促進は“ウィン/ウィン”をもたらすと信じる人がいるかも知れないが、仮に“透明性”なるものが確保されたとしても、広大な農地・森林・沿岸部・水資源の所有権を投機家に引き渡すことは、小農民・畜産農民・漁民、そして地域社会から欠かすことの出来ない、暮らしの資源を何世代にも渡って奪い取ることになるだろう。多くの国において小農や小規模食料生産者の土地所有を保護する仕組みを強化することが緊急に求められており、多くの社会運動が彼らの土地への権利を認めるよう長年戦われて来ている。“RAI”の原則は農地改革や土地の権利に関するどのような進展をも無意味なものにしてしまうだろう。
巨大企業などについて言えば、“RAI”は彼らの“CSR”という帽子に一つ羽根飾りを加え、都合のいい時にPR出来るようにするだけである。現実の世界では、彼らは引き続き貿易投資協定、法の抜け道、合法性、政治的リスクを回避する仕組み、そして“RAI”を推し進める国際機関からの支援に寄り掛かって、自己の利益を守り、財政的な苦痛・責任から守られることだろう。
問題は明らかである。これらの農業ビジネスのプロジェクト、ニジェ-ル開発局におけるリビア系マリビヤ社(Malibya)の10万haのプロジェクトから32万haのアルゼンチンのリオ・ネグロにおける中国系Beidahuang Groupに至るプロジェクトは全て、害をもたらす全く違法なものである。彼らにいくつかの原則を順守させるような試みで持って違法性を埋め合わせしようとしても、それは道を誤るものでしかない。
食料主権にこそ投資を!
“RAI”は何度も誤りを犯している。所謂農業開発の取り組み全て-温室効果ガス、化石燃料の浪費、生物多様性の激減、水道民営化、土壌流出、地域共同体の疲弊、遺伝子組み換え種子に依存する生産等を含む取り組み-は、20世紀の破壊的で持続不可能な開発などのくだらない堆積物である。まさしくアラブ各国の兄妹姉妹たちが自らの尊厳と自己決定の空間を取り戻すために旧体制の足かせを壊しているように、我々は企業的農業と食の仕組みという足かせを壊す必要がある。
法的規制によるのではなく、農地収奪は直ちに中止、禁止されなければならない。つまり議会・政府は緊急に全ての大規模土地取引を中断させ、(※11)既に締結された取引を無効にし、横領された土地を地元の共同体に返却し、土地収奪を禁止すべきである。政府はまた、自分の土地を守ろうとする人々を迫害したり、犯罪者扱いすることを止め、拘留されている活動家を釈放すべきである。
我々は、繰り返し市民団体・アカデミズムが求めた2006年のFAO、国連、ブラジル政府共催による「農地改革と農村発展に関する国際会議」(ICARRD:International Conference on Agrarian Reform and Rural Development)で合意された行動計画の実行を重ねて要求する。これは自然と資源についての最も権威ある、合意による、多角的な枠組みである。同様に2008年のFAO等国連機関・各国政府・企業・NGOからなる「開発のための農業技術評価会議」(IAASTD:International Assessment of Agricultural Knowledge, Science and Technology for Development)の結論の実行を求めるものである。我々はまたCFSに対して「土地と天然資源の管理に関するFAO指針」(FAO Guidelines on the Governance of Land and Natural Resources)の採択を求めるものである。この指針は人権法に深く根差したもので、国家レベル・国際レベルにおいて都市・農村の有権利者の土地や天然資源に対する権利を守りまた満たすべく有効なものである。
過去数年の間に、飢餓、食料危機、気候問題の真の解決策について幅広い合意が形成されてきたことは明らかである。つまり;
・小農経営、家族農業、漁民によるその土地固有の、生態系を損なわない手法と地場流通に基づく食料供給システムが、持続可能な、健康で、暮らしの質を高める食料システムであること、
・生産、流通、消費のシステムは、地球の限界に整合するものに根源的に変わらなければならないこと、
・小規模食料生産者の必要、提案、直接的管理に対応する新た農業政策が、これまでの上意下達の、企業主導の、新自由主義の体制にとって代わらなければならないこと、
・真の農業・漁業改革が実行され、土地と生態系が地域共同体に返還されなければならないこと、である。(※12)
これが食料主権と公正への道であり、“責任ある“土地収奪とはまさに正反対のものである。そして我々はこれからも実現に向けて国際的に連帯して戦いを続けるものである。
2011年4月17日 (2011.04.26翻訳:近藤)
Centro de Estudios para el Cambio en el Campo Mexicano (Study Center for Change in the Mexican Countryside)
FIAN International Focus on the Global South
Friends of the Earth International
Global Campaign on Agrarian Reform
GRAIN
La Via Campesina
Land Research Action Network
Rede Social de Justica e Directos Humanos (Social Network for Justice and Human Rights)
World Alliance of Mobile Indigenous Peoples
World Forum of Fisher Peoples[1] In 2010, the World Bank reported that 47 million hectares were leased or sold off worldwide in 2009 alone while the Global Land Project calculated that 63 million hectares changed hands in just 27 countries of Africa. See "New World Bank report sees growing global demand for farmland", World Bank, Washington DC, 7 September 2010, http://farmlandgrab.org/post/view/15309, and Cecilie Friis & Anette Reenberg, "Land grab in Africa: Emerging land system drivers in a teleconnected world", GLP Report No. 1, The Global Land Project, Denmark, August 2010, http://farmlandgrab.org/post/view/14816, respectively.
[2] See High Quest Partners, "Private financial sector investment in farmland and agricultural infrastructure", OECD, Paris, August 2010, http://farmlandgrab.org/post/view/16060.
[3] The four agencies have also created an internet-based knowledge platform to exchange information about RAI. See http://www.responsibleagroinvestment.org/
[4] "Stop land grabbing now! Say NO to the principles on responsible agro-enterprise investment promoted by the World Bank", available online at http://www.landaction.org/spip/spip.php?article553
[5] "Responsibly destroying the world’s peasantry" by Olivier de Schutter, Brussels, 4 June 2010, http://www.project-syndicate.org/commentary/deschutter1/English
日本語訳:「責任を持って小農を破壊しようとする『責任ある農業投資原則』」 http://landgrab-japan.blogspot.com/2011/01/blog-post_7237.html
[6] "Why we oppose the principles for responsible agricultural investment", available at http://www.landaction.org/spip/spip.php?article570.
日本語訳:なぜ我々は「責任ある農業投資原則」に反対するか http://landgrab-japan.blogspot.com/2010/10/blog-post.html
[7] See "Dakar appeal against the land grab", which is open for endorsement by organisations until 1 June 2011: http://www.petitiononline.com/dakar/petition.html.
日本語訳:農地収奪に反対するダカールからの要請 http://landgrab-japan.blogspot.com/2011/03/blog-post_4646.html
[8] See http://cso4cfs.files.wordpress.com/2010/11/proposal-for-consultation-process-on-rai-principles.pdf
[9] See http://go.worldbank.org/YJM5ENXKI0.
[10] For background see John Lamb, "Sustainable Commercial Agriculture, Land and Environmental (SCALE) management initiative: Achieving a global consensus on good policy and practices", World Bank, July 2009, http://farmlandgrab.org/post/view/7649.
[11] By this we mean, taking possession of and/or controlling a scale of land for commercial and/or industrial agricultural production which is disproportionate in size in comparison to the average land holding in the region.
ここで言う“大規模な…”とは、当該地域の平均的な土地所有面積に比べて、不釣り合いに大規模な土地を商業目的や企業的生産のために所有、支配すること、である。
[12] This consensus is reflected in the work of the UN Special Rapporteur on the Right to Food, Olivier de Schutter. His March 2011 report on agroecology and the right to food captures a large body of today's public opinion on how to move forward. See http://www.srfood.org/index.php/en/component/content/article/1-latest-news/1174-report-agroecology-and-the-right-to-food.
<付記>
世界銀行で開催された会議は次のものである
[*]ANNUAL WORLD BANK CONFERENCE ON LAND AND POVERTY
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