APECで「責任ある農業投資への原則」に関連する宣言を出す方向でとりまとめているという報道が9月5日付けの朝日新聞のサイトに掲載された。[1]
この原則は、昨年から日本政府が世界銀行や国連食糧農業機関(FAO)などと制定に向けて取り組んできたものである。[2]
その数日後、世界銀行は、「世界規模で広がる農地への関心-持続可能で公平な利益を生み出すことができるか」という報告書を公表した。[3]
この報告書は食料危機とその後に続く金融危機で、農業分野への投資が再発見され、開発途上国における農地獲得の動きが拡大していることに対して、開発のた
めの機会となるのか、不公正を存続させ、資源の劣化、そして紛争を引き起こすだけに終わるのか、この両者を検証し、リスクを減らすための助言を行うには情
報が不足しており、その情報ギャップを乗り越え、議論のために重要な情報を提供することを目指しているとしている。(実際にはこの報告書は、農地獲得を含
め開発途上国に対する民間からの農業投資は貧困削減と開発のために重要であるというポジションに立って、その上で何をしていくべきかという視点から書かれ
たものとなっている。)
しかしながらこの報告書で明らかにされたことは、問題を把握し、検討するための十分な情報は存在していない
し、存在していたとしても開示されていないということである。世界銀行は、国際NGOであるGrainが中心となって農地取得問題に関する報道等を整理し
ているFarmlandgrabのデータベースに情報を整理し、その上で14カ国をのみを対象に、政府からのデータ収集を試みている。しかしながらほとん
どの国で世界銀行ですら的確に情報を収集することは出来ていないのである。情報自体の欠如、データベースの未整備、開示への拒否まで。つまり、この報告書
は当初の目的を達成することはできなかったのである。
その中でも明らかにされたことは、脆弱な土地管理、コミュニティの土地権利の承認、保護の
失敗、大規模な投資を管理する能力の欠如、投資側の不適切な計画、投資を適切に位置づける開発戦略の欠如などによって、大規模農業投資は成果を上げること
が出来ていない一方で、「地方の人々はしばしば資源を失う一方で、ほとんど利益を享受していない」ということである。(P. xv)
こ
うした状況を前に、世界銀行は「情報へのアクセスを増大させ、規制を執行させるための方策を整え、政策や規制に関する開かれた議論を可能にすることが不可
欠である」としている。[4]
つまり、現時点で開発途上国における大規模な土地取得や農業投資から持続的で公平な利益を生み出す基盤が存在していないことが報告書で明らかにされている
と理解すべきである。Grainが指摘するように、「投資家は脆弱な政府や地方のコミュニティの法的な保護の欠如をいいことに、人々を土地から排除してい
る」というのが大規模な農地取得の現実でなのである。[5]
現時点では、政府には農業投資を適切に開発政策に位置づけ、農地取得を管理するキャパシティは存在せず、農民や先住民族の既得の土地や資源に関する権利も
把握すらされておらず、また情報が適切に開示されていない以上、事前の情報に基づく協議が実施できるわけはなく、契約実施のモニタリングも監査もできな
い、これが現実なのである。
それにも関わらず、日本政府が世界銀行などと共に進めていこうとしているのが、下記に記す「責任ある農業投
資への原則」である。「責任ある農業投資」を実現し、かつその履行を保証、監視していく基盤がないことが明らかになっているにもかかわらず「自発的な」行
動原則を定めようというのである。
原則を推進する日本政府は、自国企業に対して土地取得プロセス、協議プロセスから環境影響評価まですべての関
連情報の開示を求めることができるのだろうか?日本企業はすべての情報を自発的に開示するのだろうか?日本政府は「責任ある農業投資」が実現可能なまでに
国内法制・行政制度が整っている国をリストアップできるのであろうか?日本政府はAPEC加盟国に同じことを要請できるだろうか?
自発的に、原則の履行に積極的に踏み込んで前例を作る意思がなければ、自発的な行動原則など意味を持つことはないであろう。
とりあえず必要なことはいつになったら実現されるかわからない「責任ある農業投資」の実現を待つのではなく、大規模に広がる「無責任な農業投資」、資源の略奪、土地の略奪を防ぐことである。
[1]途上国の「土地争奪」防ぐルール案 APEC向け調整
http://www.asahi.com/international/update/0905/TKY201009050275.html
[2]「責任ある国際農業投資」ガイドラインは是か非か
http://cade.cocolog-nifty.com/ao/2010/04/post-1c76.html
[3]Rising Global Interest in Farmland
http://siteresources.worldbank.org/INTARD/Resources/ESW_Sept7_final_final.pdf
[4]Joint Notes Rising Global Interest in Farmland and the Importance of Responsible Agricultural Investment
http://siteresources.worldbank.org/INTARD/Resources/Joint_Issues_Note_54_v6.pdf
[5]World Bank report on land grabbing: beyond the smoke and mirrors
http://www.grain.org/articles/?id=70
その他参考サイト
Food crisis and the global land grab
http://farmlandgrab.org/
農業情報研究所
http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/
開発と権利のための行動センター
青西靖夫
この原則は、昨年から日本政府が世界銀行や国連食糧農業機関(FAO)などと制定に向けて取り組んできたものである。[2]
その数日後、世界銀行は、「世界規模で広がる農地への関心-持続可能で公平な利益を生み出すことができるか」という報告書を公表した。[3]
この報告書は食料危機とその後に続く金融危機で、農業分野への投資が再発見され、開発途上国における農地獲得の動きが拡大していることに対して、開発のた
めの機会となるのか、不公正を存続させ、資源の劣化、そして紛争を引き起こすだけに終わるのか、この両者を検証し、リスクを減らすための助言を行うには情
報が不足しており、その情報ギャップを乗り越え、議論のために重要な情報を提供することを目指しているとしている。(実際にはこの報告書は、農地獲得を含
め開発途上国に対する民間からの農業投資は貧困削減と開発のために重要であるというポジションに立って、その上で何をしていくべきかという視点から書かれ
たものとなっている。)
しかしながらこの報告書で明らかにされたことは、問題を把握し、検討するための十分な情報は存在していない
し、存在していたとしても開示されていないということである。世界銀行は、国際NGOであるGrainが中心となって農地取得問題に関する報道等を整理し
ているFarmlandgrabのデータベースに情報を整理し、その上で14カ国をのみを対象に、政府からのデータ収集を試みている。しかしながらほとん
どの国で世界銀行ですら的確に情報を収集することは出来ていないのである。情報自体の欠如、データベースの未整備、開示への拒否まで。つまり、この報告書
は当初の目的を達成することはできなかったのである。
その中でも明らかにされたことは、脆弱な土地管理、コミュニティの土地権利の承認、保護の
失敗、大規模な投資を管理する能力の欠如、投資側の不適切な計画、投資を適切に位置づける開発戦略の欠如などによって、大規模農業投資は成果を上げること
が出来ていない一方で、「地方の人々はしばしば資源を失う一方で、ほとんど利益を享受していない」ということである。(P. xv)
こ
うした状況を前に、世界銀行は「情報へのアクセスを増大させ、規制を執行させるための方策を整え、政策や規制に関する開かれた議論を可能にすることが不可
欠である」としている。[4]
つまり、現時点で開発途上国における大規模な土地取得や農業投資から持続的で公平な利益を生み出す基盤が存在していないことが報告書で明らかにされている
と理解すべきである。Grainが指摘するように、「投資家は脆弱な政府や地方のコミュニティの法的な保護の欠如をいいことに、人々を土地から排除してい
る」というのが大規模な農地取得の現実でなのである。[5]
現時点では、政府には農業投資を適切に開発政策に位置づけ、農地取得を管理するキャパシティは存在せず、農民や先住民族の既得の土地や資源に関する権利も
把握すらされておらず、また情報が適切に開示されていない以上、事前の情報に基づく協議が実施できるわけはなく、契約実施のモニタリングも監査もできな
い、これが現実なのである。
それにも関わらず、日本政府が世界銀行などと共に進めていこうとしているのが、下記に記す「責任ある農業投
資への原則」である。「責任ある農業投資」を実現し、かつその履行を保証、監視していく基盤がないことが明らかになっているにもかかわらず「自発的な」行
動原則を定めようというのである。
原則を推進する日本政府は、自国企業に対して土地取得プロセス、協議プロセスから環境影響評価まですべての関
連情報の開示を求めることができるのだろうか?日本企業はすべての情報を自発的に開示するのだろうか?日本政府は「責任ある農業投資」が実現可能なまでに
国内法制・行政制度が整っている国をリストアップできるのであろうか?日本政府はAPEC加盟国に同じことを要請できるだろうか?
自発的に、原則の履行に積極的に踏み込んで前例を作る意思がなければ、自発的な行動原則など意味を持つことはないであろう。
とりあえず必要なことはいつになったら実現されるかわからない「責任ある農業投資」の実現を待つのではなく、大規模に広がる「無責任な農業投資」、資源の略奪、土地の略奪を防ぐことである。
[1]途上国の「土地争奪」防ぐルール案 APEC向け調整
http://www.asahi.com/international/update/0905/TKY201009050275.html
[2]「責任ある国際農業投資」ガイドラインは是か非か
http://cade.cocolog-nifty.com/ao/2010/04/post-1c76.html
[3]Rising Global Interest in Farmland
http://siteresources.worldbank.org/INTARD/Resources/ESW_Sept7_final_final.pdf
[4]Joint Notes Rising Global Interest in Farmland and the Importance of Responsible Agricultural Investment
http://siteresources.worldbank.org/INTARD/Resources/Joint_Issues_Note_54_v6.pdf
[5]World Bank report on land grabbing: beyond the smoke and mirrors
http://www.grain.org/articles/?id=70
その他参考サイト
Food crisis and the global land grab
http://farmlandgrab.org/
農業情報研究所
http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/
開発と権利のための行動センター
青西靖夫
0 件のコメント:
コメントを投稿