財団法人 地球・人間環境フォーラム 「グローバルネット」 265号(2012.12)に掲載した記事に加筆修正したものです。またその後に補足記事を掲載しています。
ランドラッシュに巻き込まれる農村社会 ~モザンビークにおける国際協力事業が引き起こす土地争奪~
開発と権利のための行動センター 青西靖夫(あおにし やすお)
2012年10月11日、モザンビークの農民組織である「全国農民連盟(UNAC)」は、ブラジル-モザンビーク-日本の三角協力という形で実施されつつある「プロサバンナ・プロジェクト」について声明を発表。この事業に関する情報の不足、立案プロセスにおける透明性の欠如、農民組織の排除などを大きな問題であると訴えるとともに、この事業が実施された場合には、土地収用や移転によって土地なし農民が産み出されるとともに、社会的動乱の頻発、生計維持手段の減少による農村の貧困化などの問題が生じるであろうと告発した。[1]
本プロジェクトは、20年以上にわたるブラジルのセラード開発の経験をモザンビークの開発にいかそうと日本政府が積極的に進めるもので、 2009年7月のラクイラ・サミットで当時の麻生総理とブラジルのルーラ大統領の間で合意したことに始まる。これまでに「モザンビーク国日伯モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発協力プログラム準備調査」[2](2009年9月~~2010年3月)、「ナカラ回廊農業開発研究・技術移転能力向上プロジェクト」[3](2011年~)、「ナカラ回廊農業開発マスタープラン策定支援プロジェクト」[4](2012年~)などを実施してきている。
ここでは農民組織の声明を踏まえつつ、このプロジェクトについて詳細に検討してみたい。
■プロジェクトのさまざまな問題点
①透明性の欠如
このプロジェクトの不透明性は単に農民に情報が発信されないことに起因するだけではなく、プロジェクトの立案・実施プロセスに不透明な部分が内在されていることによると考えられる。
準備調査報告書[2]によると、「『準備調査』は、国道13 号線沿いに、ナンプーラ州並びにニアサ州およびザンベジア州の一部を調査対象地域とした」とされている。しかしながら、この調査に参加したブラジルの農業研究機関であるEMBRAPAは、「商業規模(commercial scale)の農業生産投資をも可能にすべく」、調査の最終段階で調査対象地域外のナカラ回廊の北西部の640万ヘクタールの土地をプロジェクト対象地に組み込んだのである。([2]の6章及び付属資料を参照のこと)
(緑が当初の調査地域、右の地図のオレンジがJICAのプロジェクト実施に伴って追加されたことが把握される地域。黄色で囲んだ地域は追加されたと思われるが、現状での位置づけが把握できない。)
現在のモザンビーク全体の耕作面積よりも大きく、日本の農地面積より広大な土地を、誰がどのように利用しているのかも把握もしないままに、「機械化農業に適している」と記載された外交文書に国際協力機構(JICA)は調印したのである!
このように、このプロジェクトにはブラジル政府の意向が大きな意味を持っており、日本政府やJICAの意図を超えて動く可能性を秘めていることを理解しておく必要がある。それだからこそ、モザンビーク農民だけではなく、私たち日本国民も、納税者としてこのプロジェクトに対する監視を怠ってはならないのである。
それ以降、事前調査では含まれていなかった、北西部に位置するンガウマとリシンガがプロジェクト対象地域に含まれ、「技術移転プロジェクト」ではナンプラの試験場だけではなく700kmも離れた(東京-青森間に相当する!)リシンガの試験場も対象に加えられた。これがどのようなプロセスで追加されたのも定かではないが、果たして現実的にマネージできるのかという疑問も生じる。
② 情報の不足
農民側の情報不足はこのプロジェクトがそもそも農業開発の主体となるべき地域在住の農民ではなく、海外の投資家の方を向いていることから起きていると考えられる。それは国際協力機構(JICA)による「マスタープラン策定支援」に関するコンサルタント会社向けの業務指示書[5]を検討することで明らかとなる。
現地の農民組織が情報の不足を訴える一方で、JICAはコンサルタント会社に次のように求めているのである。
「本業務の実施に当たっては『モ(モザンビーク)』国及び周辺諸国への投資に関心を持つ我が国民間企業と十分な意見交換を行い、その意向を各種計画策定に反映させる」、「Quick Impact Projectの形成に際してはナカラ回廊地域の農業開発に関心を示す本邦企業から事前にニーズを聴取し、結果を反映させること」
農業開発計画の策定にあたって重要なのは地域の農民たちの声ではなく、投資に関心を持つ日本企業の声なのである。業務指示書のどこにも、農民の声を十分に反映させるようにという記述はない。農家の経済状況や土地利用などは既存データを収集して済ませ、農民組織の調査は現地で再委託、現地でのステークホルダー会議は関係機関、ドナー、民間セクターやNGOを含め50人程度集めればいいという指示であり、農民の声を聞こうという意欲はどこにも感じられない。
③農地収奪は起こるのか?
現地の農民組織は「プロサバンナは数百万ヘクタールの土地を求めているが、実際にはこれらの土地は移動耕作を行う農民によって利用されており、利用できる土地はない」と述べている。準備調査報告書も「当初のプロジェクト予定地域には大規模農業を展開する農地はない」と記載している。しかし上述したように、「商業規模の農業生産投資をも可能にすべく」、調査地域外であった640万haヘクタールがプロジェクトの対象地域に加えられた。これは明らかに農地収奪への第一歩である。
また2011年にはモザンビークの農業大臣はブラジルの投資家に対して、「北部4州において、600万ヘクタールの土地を、ヘクタールあたり9ユーロで50年にわたるコンセッションで提供できる」と伝えたと言われ、ブラジルの投資家も歓迎の意向を示していた。[6] 2012年4月の日本・ブラジルの官民合同ミッションにおいても、日本の商社マンはブラジル側の投資意欲に圧倒されたという。アフリカのビア・カンペシーナ(農民組織)は「このプロジェクトはアフリカでも最も大きく野心的な農地収奪であろう」と批判しているが、農地収奪は日本側のコントロールできないスピードで展開する危険性がある。
④「無責任な農業投資」と私たち
現地農民組織は土地なし農民の発生や生計維持手段の減少による農村の貧困化などの可能性を指摘している。日本政府は海外農業投資に伴ってこのようなことが起きないようにと「責任ある農業投資(RAI)」原則の確立を進めてきたはずであった。しかし今回のプロジェクトの中でRAI原則を実現するための方策が検討されているとは言いがたい。土地への権利、食料安全保障の確立、透明性の確保、協議と参加、これらの権利を農民に保証しようという配慮を読み取ることはできない。その一方で業務指示書では「住民移転計画の作成」すら求めているのである。本来、先にやるべきことは上記のような権利を保証するための方策を検討することであろう。
このプロサバンナ・プロジェクトは日本国民への「食糧安全保障」という名目で正当化されている。日本の商社は生産にも土地取引にも直接関与せずに流通面での支配をもくろんでいると思われる。
しかし日本国民が本当にこのようなプロジェクトを求めているのであろうか。内戦から解放されたモザンビークの「開発」のために、農民を土地から排除することを誰が願っているだろうか。
財団法人 地球・人間環境フォーラム グローバルネット 265号(2012.12)に掲載した記事に加筆修正したものです。
補足記事 2013年1月29日
慣習法的農地保有を保護するために
日本政府が積極的に進める「責任ある農業投資原則(RAI)」は次のような5原則からなる
- 土地及び資源に関する権利の尊重:既存の土地及び付随する天然資源に関する権利は認識・尊重されるべき。
- 食料安全保障の確保:投資は食料安全保障を脅かすのではなく、強化するものであるべき。
- 透明性、グッド・ガバナンス及び投資を促進する環境の確保:農業投資の実施過程は、適切なビジネス・法律・規制の枠組みの中で、透明で、監視され、説明責任が確保されたものであるべき。
- 協議と参加: 投資によって物理的に影響を被る人々とは協議を行い、合意事項は記録し実行されるべき。
- 責任ある農業企業投資:投資事業は法律を尊重し、業界のベスト・プラクティスを反映し、経済的に実行可能で、永続的な共通の価値をもたらすものであるべき。
- 社会的持続可能性:投資は望ましい社会的・分配的な影響を生むべきであり、脆弱性を増すものであってはならない。
- 環境持続可能性:環境面の影響は計量化され、リスクや負の影響の最小化・緩和を図り、持続可能な資源利用を促進する方策が採られるべき。
またローマで2012年に開催された第38回世界食料安全保障委員会(CFS)において、「国の食料安全保障における土地・漁業・森林の保有の権利に関する責任あるガバナンスについての任意自発的指針」が承認された。この指針は、土地、森林、漁業において所有あるいはアクセスできる権利を各国政府が保護するためのものである。この中で「非公式のシステムにおけるものであっても、正当な保有権を公認し保護すること」定められている。[7]
プロサバンナプロジェクトは、RAIのモデルとして位置づけられているが、当然のことながら、FAOの指針にも沿うものであることが求められている。
しかしモザンビークは慣習法的な土地利用が広範に広がっており、慣習法的な土地所有の上で、プロジェクトを展開していくには多々困難が待ち受けているものと思われる「民間投資を受け入れてプロジェクトを実施」という前に、「慣習法的な土地保有」をいかに承認し、保護していくかというのは非常に難しいテーマである。
以前JICAに送付した質問書への回答で「国有地である」といった安易な回答があったが、そういうことでは対処できないのである。[8 ]
ところが2001年に刊行された南部アフリカ援助研究会の報告書には、懸念される点が適切に指摘されているのである。(モザンビーク 本編P40- [9 ] )
以下一部抜粋
2-2 農地政策
約8,000 万 ha の国土のうち、1,800 万 ha ほどが農耕に適している土地である。---土地に限ってはいまだに国有のままである。しかし土地の保有権は認められており、農村では伝統的首長が慣習的秩序に従って土地を配分することが一般的である。---従って、農地保有権(land title)の確保・安定化が当面の課題となる。1987 年に小農民保護を目的とする新しい条項が土地法に追加され、伝統的に耕作していた土地に対する小農民の権利を自動的に認めることになって、小農民は土地保有権証書を取得する権利が与えられた。しかし、その実績は上がっていない。---、土地の保有権申請の登録システムがきわめて貧弱であることを認めている
この場合の論点は3 つあるだろう。共有地の配分という慣行への親しみ、申請書類の事務処理能力、非識字者や社会的弱者に対する権利侵害の3つである。第1 の共有地の配分についてはすでに述べたが、この慣行は個人分割を前提とする土地保有権になじまない。また技術的にも、境界の確定や個人への割付が利害と関連して大変難しい。あるいは、農地、放牧地、薪炭林用地などの区分も問題となりうる。第1の問題をクリアーして申請書類を提出したとしても、迅速かつ適切に処理される保証はない。そこで、1997 年の土地法に基づく農村向けの規制が1998 年12 月に承認され、その適切な実行と強化が優先度の高い政策に位置付けられることとなった。---
最大の課題は3 番目の問題である。いくら、土地法が小農民の土地アクセスに対する伝統的権利を認定すると言っても、彼ら/彼女らが必ずしもその存在を知っているとは限らないし、知っていても申請手続きを進める術を持つとは限らない。また、土地法が伝統的権威の介入を認めているので、女性などの社会的弱者が不利に扱われる危険性もないわけではない。さらに、民間資本などによる土地購入が、従前の耕作者である小農民を追い出しているケースも散見される。そこで、少なくとも農地保有権確保のための識字教育やその仕組みの広報キャンペーンが、早急に実践されるべきである
2-6-3 土地改革に関する事務処理の迅速化支援と農民「啓発」
1997 年土地法による土地保有権の法的保障は小農民の存続基盤としてたいへん重要であるが、その存在すら知らない農村住民たちが圧倒的に多いと推測される。いったん土地保有権が確定されてしまうと、その変更には多大な努力を要する。そこで、農村住民に対する情報提供・啓発・識字教育は緊急度の高い優先事業に位置づけるべきである。同時に、州レベルの事務処理の迅速化を図る支援手段を考慮する必要があろう。
大変重要な指摘である。今回のようなプロジェクトを行うに当たって、RAIの観点からもFAOの指針の観点からも、上の指摘について十分配慮する必要がある。指摘されているような点について現状が把握され、そこへの対策が組み込まれることない「農村開発プロジェクト」は存在しないと考えるべきであろう。
そこでまず下記のような点についての精査を求めるべきと提起する。
1)現状として土地保有権の認定状況はどうなっているのか。
2)慣習法的土地保有と個人的所有はどのように調整されているのか。
3)手続きへのアクセスはどうなっているか。
4)女性の土地へのアクセスは保証されているか。
5)更に土地紛争が生じた時の解決手段はどのように整備され、またアクセス可能か。
開発と権利のための行動センター
青西靖夫
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